昭和43年3月6日 夜の御理解
御理解の中に「信心の手厚いのが本当の信者じゃ」と、仰っとられます。信心が手厚いという事はどういう事を以て、手厚いと仰っておられるだろうか。本当の信者とはどういう事を、ま、手厚い事が本当の信者だと仰るのだから、結局その手厚いという事は、ほんならどういう事であろうかと。その前の方に、お供え物を沢山する信者、それがその、それを大事にする先生、だが、そういう信者が本当の信者ではない。「信心の手厚いのが本当の信者じゃ」とこう仰るのですね。その後にそういうふうに仰っておられる。ですから、その、お参りができるとかですね、ただお供えができるとかというのが本当の信者じゃない。「信心の手厚いのが本当の信者じゃ」と仰る。なら、その手厚い信者という事は、どういう事になるだろうか。私、あのう思うんですけれどもね、その本当の信者というのは、ま、最近あの口を開けば言うておる、その、信心は親に孝行するも同じ事ぞやという、その、そういう信心が身について来る事だとこう思うんです。「信心とは親に孝行するも同じ事ぞや」と、ね。いわゆる、ですから、それをまた、なら、具体的に言うとどういう事かというと、結局、神様を御中心に申し上げての信心が、または生活が出来る信者じゃと私は思うですね。本当の信者とはそうなんです。
今日の、あの私、お道の新聞を見せて頂いとりましたら、三代金光様の事を話しておられるんですね。今、あの飯塚の大久保先生が書いておられる記事の中に、ある時、久留米の初代の石橋先生と御本部参拝の帰りに一緒になられた。そしたら、あの石橋先生が「大久保先生、お宅では随分、あの生き生きとした御ひれいが輝いておるそうですが、その良い信者が沢山でけていきょうろうと、育っていきょうろう」と言うて、その話された。そしたら、その石橋先生じゃない、大久保先生が「はぁ、おかげを頂きましてから」まあいうならば、自分は水戸黄門、とこういうふうな言い方でしょうね。まあいうならば、助さん、格さんちゅうごたるとが【 】ふたりばっかり育っていきょります、とこう言われた。そしたら石橋先生が[そりゃあ、おかげを頂いとられますなあ」と「私は布教四十年になりますけれども、まあ、ようやく一人あそこへ、ま、育とうかとしておる」と言われたそうです。だから本当の信者というのは、そんなにやっぱり難しいもんだ。それをまた二十年後にですね、それを聞かれた堀尾先生が、また大久保先生に言うておられるですね、「私共は、まあだ本当の信者を一人が出来ない」ちゅうて、その大久保先生に仰った事が今日の記事になっとりますよね。
今朝も私は、まあ、そんなに難しいものとは私は思われないですよね。まあ一生懸命に御用が出来る、一生懸命にお参りが出来るというだけで、本当の信者ではない。いわゆる本当の信者というのはです、信心の手厚いのが本当の信者じゃとこう仰る。なら、信心が手厚いという事は、前に仰っておられる様に、お供え物を沢山持って来るからという事はです、もうそれこそ、日参り夜参りをするからという事にも通ずるとこう思うんです、ね。だから、それが本当の信者じゃないちゅう事。信心の手厚いのがという事はですね、信心が手厚いという事はどういう事かというと、いつも神様を御中心に申し上げた信心、そして生活ね、そこに私が今言うております、信心とは親に孝行するも同じ事ぞや、と。お参りもお供えも信心生活もね、もう当たり前の事としてそれがなされて行くという事。きばったお参りじゃない、も、朝参りなら朝参りが当たり前の事としてなされておる。そこに大変難しい。今の壮年部会でもそれが話題になっとる。【 】の原さんが話ておられる。私はもう本当十何年、毎朝五時、ここに参とっるばってん、その秋永先生が、そん時その事について話ておられたが、先生が、その言われる様に感動もなにもない。ただ、もう当たり前の、いうならば当たり前の事として参っておるけれども、その当たり前の事がです、当たり前の事としてというのは、あの、日に日に新なものが必ずなからなきゃいけん。当たり前の、もう親と子の交流ってものがあらなきゃならない。けれども、いうならば、こうくせになっておる。もう習慣になっておる感じだというて、原さんが言うておられます。そこに秋永先生が言う、その信心が、例えば寒修行中はね、まあ、眠くもあった、辛くもあった、そして帰ってからでも、何かボンヤリして仕事が手につかん様にあったけれども、一ヵ月たった今日初めて、それが当たり前の事として、スム-ズに家に帰って、もう次の仕事の段取りというものとスム-ズに、こう入っていけれるとこういう。そこには、こりゃあこの通りで行くなら、今年しゃあ黒字がでるぞと、夫婦で話し合うくらいにおかげ頂いとるとこう申しておりますね。十何年間信心さして頂いて、おかげは頂いて来た。もうおかげと思わにゃおられないおかげは頂いて来たけれどもですね、いつも、ほんなら、その金がたまった、残ったという事じゃない。例えば、今度ああして御普請は出来たんですから、また随分赤字になった事であろうと思うけれども、けれども家内と二人で話す、ね、この調子で行くと今年しゃあ黒字になるかもしれんぞ、というて家内と話しております、とこういう。二、三日前も手形の事のお届けがあっておった。ところが、その、とおるさんがこちらへ自動車に乗ってきとるもんだから、その、よしろうさんの所へ行かにゃあならんて出来なかったらしんですよね。ほいで、もう気が気じゃないけれども、その、でけんもんですから、あの何やかやぐずぐず待っておる間にです、も、次から次へと、その思いがけないお客さんが入って来るわけなんですね。そして、その手形が出来た。夫婦で銀行へ、あそこはいつも夫婦で行くらしんです、銀行へは。ほいで、その行く道々です「本当に神様のおかげで恐れ入るね。もう私も思いました」て、ふみえさんが言った。私はそこだと思うですね、信心は。本当におかげ頂いて、もう本当におかげ頂いた、夫婦のものが言い合えるわたしゃ、雰囲気が信心生活だと思うですね。お父さんのおかげと思うとるばってん、家内はそぎゃんおかげじゃと思うとらん、これじゃ、もうそれで崩れてしまうです、おかげが、ね。なら、椛目に例えば、そういう本当の信者がですね、それこそ堀尾先生じゃないけども、一人も現在のところおらんけれども、椛目ではひとつ沢山やっぱ、育ってもらわにゃいかんと思うです、ね。信心は親に孝行するも同じ事ぞよ、という信心がです、手厚い信心が、手厚い信心という内容を願う、ね。朝参りなら朝参りが、もう当たり前の事として出来る。お供えが、もう本当に還元の生活としてできる。そして、家はいよいよ繁盛のおかげを頂いて行くという事、ね。ですから、もう私が言う事、ここん所のおかげを頂いてもらいたいで一生懸命なのですからね。まだ私共でも【 】んなら、堀尾先生【 】一人も出来ませんという事であろうけれどもね、椛目では、合楽ではです、どうか、その本当の信者が沢山でけるおかげを頂かしてもらわにゃあいけん。そして、信心は親に孝行するも同じ事ぞやと。信心の手厚いのが、手厚いのが本当の信者じゃと仰る。その手厚いの内容を、ひとつお互い頂かなきゃいけない。そういうですね、一つの働きかけっていうものがあるですね。例えば、今日は松栄会の方達が中心で、企画の委員会がございます。ですがその、企画のする事がですね、こういう企画をする事が、金光様が求めてござる。天地の親神様が喜んでござる。親先生が喜んで下さる、ね。そこに焦点をおいて企画をして行ったらいいのですよね。信心は親に孝行するのも同じ事ぞよと、ね。その、私は信心が身について行った時こそが、私は本当の信者とこう思うんです、ね。そういう本当の信者になればです、もういつも神様を御中心に申し上げたところの信心がでける。私はそういう信心をですね、頂かせてもらうのに、こりゃあ私自身が育たなければならないが、私がどういう信心になって行ったら、なら、その信心に皆が本当の信者が出来るか、そしたら頂きます事がですね、金剛力という事を頂きました。こりゃあ、私は仏教の言葉だと思うんですけれども、私は意味はわからない。これはお道でいう絶対信という意味ではなかろうか、とこう思うのです、ね。その金剛力が身について来るという事がです、なら、どういう信心から生まれて来るかと、これはもう、それこそ絶対神様を御中心に申し上げた信心からしか、絶対信は生まれて来ない。自分の都合ども言うておる様な信心で、絶対信が生まれて来るはずがない、ね。これは、成程私に下さる事でもあろうが、これは一般にも、その金剛力を目指しての信心ちゅう事。それを頂いてくれよという働きが非常に強いですこの頃、ね
。今朝、朝の御祈念の後に、あの松栄会の会長であります、つつみきよしさんが、今朝方お夢を頂いた。確かに履いて来た靴がない。もう、こりゃあ裸足で行くよりほかないという様なお夢であった。そしたら、あの、お書き下げを頂きましたのが、あの高橋もくゆう先生ですかね